勤続10年以上の介護福祉士に処遇手当を月8万円上乗せする案は朗報と言えるのか?
政府が勤続10年以上の介護福祉士の給与に対し、平均『月8万円』を上乗せする案を発表しました。
参考リンク:『勤続10年以上の介護福祉士、月8万円の賃上げへ 処遇改善の政府原案』
介護福祉士の給与は全国平均給与よりも安く、平均月収は『約21万円』程度です。
今の給与に月8万円も上乗せされるとなると、とてもいい制度のように聞こえますが、実際のところはどうなのでしょうか。
現場で働く介護福祉士が、この政策案への意見や疑問点について解説させていただきます。
『介護福祉士に8万円の賃上げ案』政策案が発表された背景を考察
介護離職ゼロに向けて数年前から政府は動きだしています。
2015年の介護報酬の減額や人材不足によって介護事業所の倒産も増加しています。
介護報酬が減額されるということは職員の給与も上がりません。
しかし、事業所がなくなるということは、これから高齢者が増えてくるのに預かってもらえる施設がないということです。
このままだとますます介護離職が増加すると予測されます。
そこで、まずは介護職員の確保と離職を減らすことから解決すべきだと考え、このような政策を発表したことが想定されます。
【疑問】介護福祉士の平均給与が月8万円も本当に上がるの?
現在、介護福祉士として勤続10年以上働いている職員にとっては、この政策は朗報と言えます。
しかし、この政策には気をつけなければならないことが3つあります。
注意点①
まず、この政策は「処遇改善」に関することであり、処遇改善加算を算定していない事業所は貰えません。
まずは自分の働く事業所が処遇改善加算を算定しているかどうか確認する必要があります。
注意点②
配分はある程度その事業所に任せていくという方針になっています。
要するに事業所が配分先や割合を決められるようになるということです。
ですので、本当に今の給料から月8万円増えるという保証はありません。
注意点③
ケアマネージャーや看護師が介護業務をやっていても、もらえるのは『介護福祉士だけ』であるということです。
あくまでも介護福祉士への処遇改善であり、たとえ介護業務をやっていたとしても、事業所での役職がケアマネージャーや看護師など別の役職であれば対象にはなりません。
過去には、介護職で入社したが途中で相談業務も任されるようになり、介護職と兼任していたが、事業所では生活相談員として勝手に登録を変えられ、処遇改善手当が貰えなかった、介護福祉士取得の実務経験日数が足りなかったというトラブルもありました。
このように、自分は貰えると思っていたが実は貰えなかったというケースも今後必ず出てきます。
そうした時に、介護職員のモチベーションの維持や、仕事の評価よりも経験年数のみでしか評価がされない制度に不満を訴える職員も増加するのではないでしょうか。
月8万円アップすることで人材不足は解消できるのか?
参考リンク:『介福士の8万円賃上げ、消費増税に伴う報酬改定で対応 公費1000億円投入 政府方針』
この政策により、約1000億円を投じると報道されています。
政府も介護離職に向けて本気を出しているということはわかりました。
ですが、勤続10年以上の介護福祉士が果たしてどれだけいるのでしょうか?
また、ただでさえ低い給料なのに月8万円アップを目指して勤続10年を目指す人がどれだけいるのかも疑問です。
しかも勤続ということは、転職した場合はまた1年目からカウントをし直さなければなりません。
分配方法もある程度事業所に任せるという方針も打ち出していますが、その基準が曖昧です。
そもそも、約1000億円を投じるのであれば、全体的な給与の底上げもすべきではないでしょうか?
介護職員の離職理由にはもちろん給与の低さもありますが、休みも少ないうえに、重労働や不規則な勤務、複雑な人間関係などもかなりの割合を占めています。
施行されるのは、消費税が増税される2019年10月からとされており、要するにまだ2年近くもあります。
あと数年で勤続10年以上になる介護職員にとっては嬉しいことですが、介護福祉士が急増することにはならないでしょう。
この政策が直接人材不足解消につながるかと言われると判断が難しいです。
キャリアップの歯止めや異動を拒む人が増加する可能性も
先ほどもお伝えしたとおり、8万円の処遇改善手当は介護福祉士が対象で、ケアマネージャーなど他の職種では対象にはなりません。
ケアマネージャーを目指す人が減少してしまい、キャリアップや、介護職から相談員などの事務方に異動を拒む人も増えてくるのではないでしょうか。
さらに、入れ替わりの激しい介護業界において、勤続10年のベテラン戦士ともなれば、介護士ではなく管理者や施設長などに昇進していることも可能性としては考えられます。
勤続10年は長すぎるという声も
現場の介護職員からも「勤続10年は長すぎる」という声も多いです。
勤続10年で月8万円とまでいかなくても、『勤続5年で4万円といったように段階があればいいのに』という声もあります。
通算でも介護士10年の経験があればスキルはかなり高いです。
他施設を経験しているベテランの介護職員であっても、転職してから10年というのはあまりにも長すぎるのではないでしょうか?
また、勤続10年といっても1 日の労働時間や週に何日以上勤務している人が対象になるかなどがはっきりとわかっていません。
極端な話ですが、週に1日1時間の勤務を10年続けても対象になるのかはわかりません。
事業所側に分配方法を委ねることになれば、この基準は事業所ごとに変わってくると思います。
さらに気になったのが「介護福祉士」という点です。
政府は介護福祉士を取得してからの年数ではないと発表しているので、介護福祉士取得前の年数も加算されるはずですが、勤続10年でも介護福祉士を取得していない人は対象とはしていないということです。
参考リンク:『中堅介護福祉士の月給8万円増へ 政府「人づくり革命」決定』
これも事業所側に委ねるのか、今後の動向に注目です。
ブラック企業の助長となる恐れも
介護業界にもブラックな事業所はまだまだたくさんあります。
勤続10年以上でなければ月8万円の処遇改善手当が貰えないと思うと、辛いけど我慢するしかないと考える介護職員も必ずや増加するでしょう。
もちろんこの制度の狙いは介護職員の定着率を上げることが目的ではありますが、ブラックな事業所がこれを逆手に取り、無理な労働の押し付けや、処遇改善手当が増えるのだからと待遇を改善しない可能性もゼロでありません。
個人に直接支給されるわけではなく、一度事業所を通しての支給になるので、ブラックな事業所が支給額を減らそうとしたりと、ブラックな策を講じてくるかもしれません。
勤続10年以上の介護職員の月8万円アップは朗報と言えるのか?
介護職員の給与が月平均8万円あがるのかについてお話してきましたが、これまでの話をまとめてみました。
- 介護離職ゼロを目指すため、まずは介護福祉士の確保と定着率を上げるための政策である。
- 処遇改善加算を算定していない事業所は対象外
- 分配先や分配方法は事業所に委ねていく方向になれば、正当に分配されない可能性がある
- 介護福祉士の資格保持者で尚且つ介護職員でないと対象にならない
- 通算ではなく勤続10年という時間は長すぎる
- 給料を増やすというだけで介護福祉士が増えるとは限らない
- キャリアアップの歯止めや介護職からの異動を拒む人が出てきてしまう
- ブラック企業の助長に繋がってしまうことも
このように、この政策にはまだまだ問題点がたくさんあります。
現場からも様々な意見が寄せられてくると思いますが、あと2年弱の間に政策内容がどこまで明確になり、また改善されていくのか、今後の動向に注目です。